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有吉弘行の若い頃【猿岩石】当時の画像と作品をふりかえり!

2021年4月1日、有吉弘行さんと夏目三久さんの結婚報道後…

有吉弘行さん【猿岩石】時代の『白い雲のように』久しぶりに聴いた!懐かしい!というネット上の声が増えました。

有吉弘行の若い頃【猿岩石】当時の画像と作品

有吉弘行【猿岩石】が歌う『白い雲のように』

有吉弘行さんの【猿岩石】が歌った『白い雲のように』は…

【猿岩石】のデビューシングル

1996年12月21日、日本コロムビアからのリリース

作詞:藤井フミヤ

作曲:藤井尚之

プロデュース:秋元康

お笑い芸人がリリースしたCDとしては異例のロングヒットを続け、オリコン集計でミリオンセラーを記録

1997年「第39回レコード大賞」新人賞受賞

【猿岩石】『白い雲のように』はその時代を代表する1曲でもありますね。

現在でも【猿岩石】『白い雲のように』は「いい歌だ」と長く愛されています。

『白い雲のように』現在では

もう、猿岩石が歌わなくなったから…

と作詞・作曲者である藤井フミヤと藤井尚之がライブで歌うことがあります。

有吉弘行【猿岩石】とは?

【猿岩石】とは…

お笑いコンビ・音楽グループ(1994年~2004年)

有吉弘行(ありよしひろいき):ボケ・ネタ作成担当(写真左))

森脇和成(もりわきかずなり):ツッコミ担当(写真右)

ふたりとも1974年生まれ、広島県安芸郡熊野町出身で小・中・高の同級生。

有吉弘行さんと森脇和成さんは、1994年に【猿岩石】を結成後の同年6月、ふたりで広島県からバスで上京。

上京後しばらくは、文京区後楽園周辺で野宿という歴史あり…

【猿岩石】が売れるようになるまでは、苦労も多かったということです。

有吉弘行【猿岩石】人気絶頂期を迎える

【猿岩石】はテレビ番組『進め!電波少年』の企画により、

香港から「イギリスまでヒッチハイクで行け」

と言われ、ユーラシア大陸横断の旅が始めたのが1996年4月。

 

【猿岩石】は、この過酷極まりない「ユーラシア大陸横断ヒッチハイク」の旅により、徐々に人気が高まったのです。

そして【猿岩石】は1996年10月に「ユーラシア大陸横断ヒッチハイク」の旅を終えてついにイギリス・ロンドンにゴール!

その頃には【猿岩石】は日本中の誰もが知るほどの人気者となっていました。

しかし、

…当時は、今のようにインターネットで世界中とつながることができる社会とは違う…

つまり、【猿岩石】は自分たちの「ユーラシア大陸横断ヒッチハイク」の旅の間に、自分たちが日本中の人気者になっていたことを知らないままに帰国した…というエピソードがあります。

【猿岩石】の「ユーラシア大陸横断ヒッチハイク」の旅ののち、同年12月にリリースされたのが『白い雲のように』。

『白い雲のように』がミリオンセラー・日本レコード大賞新人賞受賞となった【猿岩石】は、まさにアイドルでありスターでした。

その後、2004年に方向性の違いから【猿岩石】は解散となります。

有吉弘行の若い頃【猿岩石】そのほかの作品をふりかえり!

有吉弘行さんの【猿岩石】は、お笑い芸人にしては歌が上手いと言われ、【猿岩石】名義のシングルCD10枚、アルバム5枚をリリース。

【猿岩石】シングルCD10枚

白い雲のように(1996年12月21日)

ツキ(1997年3月19日)

コンビニ(1997年5月8日)

君の青空/声が聴こえる(1997年6月18日)

オエオエオ!(1997年9月3日)

Chirstmas(1997年11月5日)

君に会いに行こう(1998年2月4日)

昨日までの君を抱きしめて(1998年3月18日)

初恋(1998年6月24日)

My Revolution(1999年1月1日)渡辺美里のカバー

有吉弘行の若い頃【猿岩石】当時の画像と作品をふりかえり!~まとめ~

有吉弘行の若い頃【猿岩石】の歌『白い雲のように』が大ヒット!

有吉弘行さん・夏目三久さんの結婚報道後、『白い雲のように』がテレビ・ラジオで流れたり、聴きたくなって聴く人が増えている…

 

『白い雲のように』

オリコンでミリオンセラー、レコード大賞新人賞受賞

有吉弘行さんの【猿岩石】の思い出や、時代を代表する曲として

現在も愛されている一曲

【猿岩石】時代には苦労も多かったという有吉弘行さん、今では、次世代芸能界の柱とも期待されているとか。

有吉弘行さんの今後ますますの活躍が楽しみですね。

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